新潟地方裁判所 昭和42年(ワ)161号 判決 1970年7月27日
原告 有限会社片山洋酒店
右代表者取締役 片山聞造
右訴訟代理人弁護士 坂井一元
被告 長沢ヨシ
<ほか一名>
被告両名訴訟代理人弁護士 山本茂三郎
主文
被告らは連帯して原告に対し金五一万六、三四六円およびこれに対する昭和四二年四月一日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
この判決は第一項に限り、原告において金二〇万円の担保をたてたときは、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
一、原告の申立
原告訴訟代理人は主文一、二項同旨の判決、並びに仮執行の宣言を求めた。
二、被告らの申立
被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、請求原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。
(一) 原告は肩書地において酒類販売業をいとなむ有限会社である。
(二) 原告は被告長沢ヨシ(以下、被告ヨシという。)に対し、昭和四一年五月二三日から同年一一月一八日までの間に、代金支払は二五日締切、翌月二〇日支払の約で、原告の取扱商品たる洋酒、ビール、ジュース、コーラー等を売渡したが、その残代金五一万六、三四六円を支払わない。
(三) 被告細貝一郎(以下、被告一郎という。)は、原告との間に、新潟地方法務局所属公証人平石林作成にかかる昭和四〇年(乙)第一〇二〇号商品取引契約公正証書をもって、被告ヨシが原告に対して負担する昭和四〇年九月八日以降の買掛金について金六〇万円を限度として、連帯保証した。
(四) そこで、被告らは連帯して、原告に対し前記売掛残代金五一万六、三四六円およびこれに対する右残代金の支払日以後である昭和四二年四月一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求の原因に対する被告らの答弁
被告ら訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
(一) 請求原因事実中第一、二項の事実は認める。
(二) 同第三項の事実中被告一郎が原告との間にその主張のような公正証書をもって被告ヨシのため連帯保証をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、原告主張の連帯保証は右公正証書作成当時被告ヨシが経営していたバー「小よし」の営業用酒類供給取引契約についてなしたもので、本件残代金の支払債務とは関係がない。
(三) 第四項は争う。
五、被告らの抗弁
被告ら訴訟代理人は、抗弁として次のとおり述べた。
(一) 被告ヨシは原告に対する前記買掛代金債務の支払に代えて、昭和四二年二月一日原告会社代表者片山聞造との間に、新潟市東堀通五番町四四一番地松里ビル二階七〇坪内第七号の店舗におけるバー「ユーカリ」の営業を請負うと共に、(一)同店舗における賃料充当分、(二)前記買掛代金債務、並びに(三)北越銀行古町支店に対する月賦返済金を合して一個の債務とし、一ヶ月金六万八、五〇〇円及び右(二)(三)に対する銀行利息を支払うことをその骨子とする請負営業契約を締結した。しかして右請負営業契約は前記買掛代金債務の消滅を目的としてなされたもので更改とみるべきものであるから、右買掛代金債務は右更改により消滅した。
なお、仮に、右請負営業契約の締結につき、原告主張のように、前記片山聞造に原告会社の代表資格がないとしても有限会社法三二条、商法七八条によって準用せられる民法五四条によれば原告会社代表者である片山聞造が第三者と契約を締結するについて原告会社が同人を代表としない旨の制限を加えたとしてもこれをもって善意の第三者に対してはその制限をもって対抗しえないのであるから、原告会社は善意の第三者である被告らに対し、右契約の締結について片山聞造には原告会社の代表資格がないことを主張し得ない。
(二) 仮に、前記請負営業契約が更改に該当せず、かつ被告一郎、原告間の前記公正証書による連帯保証契約が本件残代金債務に適用ありとするも、右連帯保証契約は原告会社代表者片山八百吉と被告両名代理人片山聞造により締結されたところ、右片山聞造は当時原告会社代表取締役の地位にあったものであるから、右契約は双方代理で無効である。
(三) 仮に右契約が有効であるとしても、前記主張のように被告ヨシの原告に対する買掛代金債務は更改により消滅したのであるから、これにより被告一郎の連帯保証債務も当然消滅した。
四、抗弁に対する原告の答弁
原告訴訟代理人は、被告らの抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。
(一) 第一項の事実中、片山聞造が当時、原告会社の代表取締役の地位にあったことは認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、被告ら主張の請負営業契約は、訴外片山聞造が個人の資格で締結したもので原告は何ら関知しない。
(二) 第二項の事実中、原告主張の公正証書による契約が原告会社代表者片山八百吉と被告両名代理人片山聞造間において締結されたこと、および片山聞造が当時原告会社の代表取締役であったことは認めるが、その余は争う。
(三) 第三項は争う。
第三、証拠≪省略≫
理由
一、請求原因一、二項記載の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二、そこで、原告の被告ヨシに対する前記売掛代金債権が更改により消滅したとの被告らの主張について判断する。
≪証拠省略≫によれば、原告は被告ヨシに対し原告の取扱商品である洋酒類を昭和四〇年夏頃から売渡していたところ、被告ヨシは原告に対し昭和四一年一二月頃右売掛代金の支払いのために訴外細貝昭振出にかかる小切手一通取び約束手形四通を交付したがいずれも不渡となったこと、当時被告ヨシは新潟市東堀通五番町四四一番地所在松里ビル二階の一室を借り受け同所において「貝」なる商号でバーを経営していたが同店舗の家賃を滞納するに至ったため原告会社代表者片山聞造が右店舗を借り受け被告ヨシをして同店舗において引き続きバーの経営に当らせることにより前記売掛代金その他の債権の回収をはかる目的で昭和四二年二月七日頃前記営業の「請負営業契約」なるものを締結したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
しかして右認定の請負営業契約締結の経緯からすれば、同契約は原告の被告ヨシに対する前記売掛金債権の回収を主たる目的として締結されたのであるから、片山聞造は原告の代表者としてこれを締結したものと認めるのを相当とし、前記契約締結の際作成された「請負営業契約書」なる書面の末尾に「契約者甲(被請負営業者)片山聞造」として原告会社の代表者資格を記載していないとの一事をもってこれを右片山聞造が原告とは無関係に一個人として締結したものということはできない。
ところで前記請負営業契約によれば、被告ヨシは原告に対し一ヶ月金六万八、五〇〇円の「被請負営業料」並びに所定の銀行利息を支払うこととなっているが、右金額の内訳は、(一)前記店舗の家賃充当分として金三万一、〇〇〇円、(二)被告ヨシが北越銀行古町支店から借入れた金三〇万円の連帯保証人片山八百吉に対する月賦返済金として一万二、五〇〇円(及びその利息)並びに(三)原告に対する前記買掛金二万五、〇〇〇円となっているばかりでなく、右の各債務の支払時期並びに支払方法はこれを各別に定めているのであるから三個の金銭債権を合して一個のそれとしたものとさえも謂い得ず、いわんや、前記買掛代金その他の債務を消滅させこれと同時に一個の金銭債務を発生させる意思のもとに右請負営業契約を締結したものと認めることもできない。
してみればその余の点について判断するまでもなく、更改により本件債務が消滅したとの被告らの主張はその理由がない。
三、次に被告一郎に対する請求について判断するに、被告一郎が原告との間に原告主張のような公正証書をもって被告ヨシのため連帯保証をしたことは当事者間に争いがない。
≪証拠省略≫を綜合すれば、被告ヨシ(旧姓細貝ヨシ)は昭和四〇年九月頃新潟市古町一二番町において「小よし」なるバーを開業し同店で費消する洋酒類を原告から買い受けることとし、同月一八日被告一郎は被告ヨシの原告に対して現在及び将来の取引から発生するすべての債務につき金六〇万円を限度として原告に対し連帯保証をなし、前記公正証書を作成したこと、その後被告ヨシは右「小よし」をやめ、次いで同市東堀通五番町において洋酒バー「貝」(のちに洋酒バー「ユーカリ」と改称。)を、更にその後同市古町通三番町において洋酒バー「二三子」(のちに洋酒バー「つどい」と改称。)をそれぞれ経営し、いずれも引き続いて原告から洋酒類を買い受けていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右の認定事実によれば、被告一郎の原告に対する連帯保証債務の内容は保証の最高額を金六〇万円と限定しているけれどもその範囲は被告ヨシと原告との間における現在及び将来の取引から生ずるすべての商品代金債務であって別段被告ヨシの前記「小よし」の営業に関する取引に限定する旨の制限はないのであるから、被告一郎は被告ヨシが洋酒バー「貝」及び「二三子」等の営業につき原告との間に生じた商品取引契約上の債務についても連帯して保証したものというべきである。
四、ところで、被告らは、被告一郎が原告との間に締結した連帯保証契約は双方代理であって無効であると主張するのでこの点について判断するに、まず、原告主張の公正証書が原告会社代表者片山八百吉と被告両名の代理人片山聞造との間において締結されたこと、及び、片山聞造は当時原告会社の代表取締役の地位にあったことは当事者間に争いがない。しかして、≪証拠省略≫によれば、被告ヨシがバーの営業を開始するに際し被告一郎は原告の求めに応じ被告ヨシのための保証の趣旨及び内容を十分知悉した上で右片山聞造に対し代理委任証書及び印鑑証明書を交付したこと、そして片山八百吉は原告会社の代表者として、片山聞造は被告両名の代理人として前記公正証書を作成し、被告一郎は原告との間に連帯保証契約を締結したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右の認定事実によれば、片山聞造は原告会社代表者の地位にあったものであるから仮令個人の資格をもって契約を締結したものであると強弁してみたところでその実質においてこれを双方代理(自己契約)というを妨げないといわなければならない。けだし、かかる場合双方代理に該当しないとするならば専ら本人の利益の保護を目的とする双方代理禁止の法意を潜脱することとなるからである。それ故、本件連帯保証契約は一応双方代理に該当するといわざるを得ない。しかしながら、前認定の事実によれば、片山聞造の代理権限が具体的に特定せられ、本人たる被告一郎の不利益において不当に原告の利益が謀られるという弊害が生じないものということができるのであるから、かかる場合は双方代理を禁じた前記の法意に抵触しないものとして右保証契約は有効であると解するを相当とする。してみれば、被告一郎は原告に対し前記連帯保証契約上の債務を免れ得ないというべきである。
五、なお、被告らは、仮に、右連帯保証契約が有効であるとしても被告ヨシの原告に対する買掛代金債務は更改により消滅したから連帯保証債務も当然消滅した旨主張するけれども、前段説示のとおり、右買掛代金債務は更改により消滅したとは認められないので被告の右主張はその前提において理由がない。
六、よって、原告の被告らに対する本件売掛代金債権金五一万六、三四六円及びこれに対する被告らが遅滞におちいったのちである昭和四二年四月一日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 泉山禎治)